予防ケア
1)病床環境の調整
①不安を助長しない環境:
光,機械・治療器具・モニターの音,スタッフの話し声などの調整
②なじみ感の感じられる環境:
認知症がベースにある場合は,その人のなじみのあるものを環境に取り入れる.日常使う湯呑み,子どもや孫の写真など,落ち着けるものを用い,安心感につなげる.
③見当識を維持できる環境:
適度な刺激を入れる.時間を意識できるカレンダーや時計を見える位置に置く,適度な数の面会者など,人,場所,時間の見当識を維持できる環境を調整する.日頃老眼鏡や補聴器を使用している人には装着を促す.
④部屋移動:
個室か大部屋かという選択ができるなら,その人の状態に合わせて選択する.
対人交流により不安は助長することも緩和することもある.
人と交流することで緊張が助長するなら個室が適している.
病室移動の回数はできるだけ少なくする.
ナースステーションに近い部屋の位置は,スタッフからすると事故を未然に防ぐという意味で安心できるが,ステーションから発生する夜間の音や他の重症患者の声などにより,患者の睡眠を妨げられることがある.
2)入院中の対人交流
せん妄を発症した患者は,大部屋にいても他の患者とうまく交流できていないことが報告されている.その人に負担のない量に対人交流を調整することが必要である.
適度な時間帯の,適度な回数や長さの家族の面会は,本人の意向に合わせて調整する必要がある.
家族が面会から帰ってしまった後や,夕方以降にせん妄症状の発生が頻発することは経験的に知られているが,夕方以降の静かで孤独な環境下で,話し相手がなく,なかなか寝付けないようならば,就寝までの間,少しでも落ち着けるようコミュニケーションをとることもよ
い.
3)病気や治療の必要性の認識や心理状態
入院や治療の必要性を適切に認識できている患者は,自己コントロール感が高く,せん妄発症につながりにくい.
認識を促すために,以下の点に留意する.
①入院時における不安状態の把握と不安の緩和
入院時における緊張した表情.「何か変」と思える言動には十分に応えておく必要がある.話しやすい状況を提供し,少しでも緊張状態から開放していく
②オリエンテーション,説明
対象の年齢や,入院への準備状態を考慮して,必要なオリエンテーションを進める.理解できる言葉で説明を加えることや,治療行動を導く.
緊急入院は,せん妄発症を起こしやすい.入院への準備状態がない中で,治療がどんどん進められていくように感じやすいので,患者のペースを確認する.
せん妄発症時のケア
1)せん妄発症につながる身体因子の調整:
全身状態を整える
身体因子としてあげられるものには,脱水,低酸素状態,肝機能・腎機能障害,電解質バランスの異常,血糖値の異常,服用している薬剤による影響,アルコール離脱などがある
これらの因子に関する検査データや薬剤に注目し,以下のようなケアを取り入れる.
(1)必要水分量を保持し,in-out バランスを保つ.
(2)酸素飽和度,呼吸状態を測定し,適切に保つ.必要な酸素吸入を実施する.
(3)肝機能(GOT,GPT 等),腎機能のデータ(UA等)をチェックし,必要な休息,睡眠,薬剤投与,輸液管理を行う.
(4)電解質バランスをチェックし,必要な休息,睡眠,薬剤投与,輸液管理を行う.
(5)感染症の徴候(体温,CRP 高値)に留意し,必要な薬剤投与,クーリングを行う.発熱の原因が特定できれば対処する.
(6)服用している薬剤のうちせん妄発症につながりやすい薬剤の投与量をチェックし,投与薬剤の効果や副作用をモニターし,随時医師へ必要な報告を行う.(薬剤については別の項を参照)
(7)疼痛コントロールを医師の指示と合わせて進める.身体状態のコントロールでは,原疾患の治療や,医師の指示を基本に置き,医療チーム全体で連携していくことも重要である.
2)せん妄発症を導く日常生活因子に対処し,日常生活を整える
(1)睡眠コントロール
眠剤の服用,主観的な不眠の訴え,昼夜逆転傾向に留意する.
必要な睡眠を得ることは,症状の軽減に直接結びつく.睡眠障害はせん妄の原因でもあり,せん妄の徴候の一つにも含まれる.
昼夜逆転への対処として,適度な刺激を日中に加えることや,日中の睡眠を減らしていくことなどが取り組まれているが,1 日における睡眠時間の総和が維持できないと睡眠パターンが崩れていくことにもなり,無理な日中刺激は悪循環を引き起こすことにもなる.
適度な日中の刺激として,その人が日中に普通に行う日常生活行動を取り入れる.例えば,朝起きて温かいあるいは冷たい水で顔を洗う(温熱刺激,冷感刺激),口を洗い歯磨きをする(顔部分への物理的な刺激)等は,ごく自然な日常生活での物理的な刺激である.
ベッドが窓際にあることや日中の日光浴や散歩は,体内時計をリセットし,生体のリズムを睡眠状態から覚醒状態への切り替え,昼と夜の生体のリズムを整えることにつながる.これは,日中の日光浴によって,夜間のメラトニン分泌が促進されることによる.
午睡は,適度な量であれば身体に休息をもたらし,夜間睡眠に影響を及ぼすことなく日中の眠気を除去することができる.
普段の生活リズムを確認し,できるだけそのパターンを維持すること,夜間の点滴・処置を避けることなども具体策に取り入れる.
(2)排尿排便のコントロール
オムツ使用患者,下痢や便秘の患者にせん妄発症が見られる.
オムツはその人の自己尊重の感覚を低下させ,日常性の刺激を鈍麻させる.そのため,外せるオムツはできるだけ外していくよう勧める.
また,たとえオムツをしていても,尿意や便意を確認して,その身体感覚を活かしてオムツを替える時間を調整していくことで,身体内部からの感覚を活かした覚醒につながる.
尿失禁がある場合,失禁のタイプを区別し,排尿誘導が可能であれば,進める.
排尿排便コントロールがうまくできない理由として,下痢や便秘がある.その場合は,検査データとして電解質バランスの乱れが生じていないか,緩下剤等の使用薬
剤がその人に適しているものであるか,適切な in-out バランスかをモニターしていく.できるだけ通常のその人の排便排尿パターンに戻していくことが必要となる.
普段とは異なる排泄方法を強いられている場合には,排泄方法の変更を苦痛に感じていないか確認し,普段の排泄方法をできるだけ維持できるよう進める.
(3)経口からの栄養摂取をすすめ,摂取量を維持する
治療上必要となる絶飲食は,患者自身が食べられない状態ではなく,治療的に食べてはいけない状態をつくることになるため,空腹感が持続するだけでなく,長期にわたると食べる意欲を減退させることにつながる.
口から食べるという刺激が減ることで,脳への刺激が減り,生活意欲の減退が生じる.また,必要な栄養状態が維持できず,血液中の蛋白質量が減少し,身体組織に必要なタンパク量が維持されない状態となる.
絶飲食の状態とせん妄発症はいくつかの研究で関連があると報告されている.治療的な絶飲食が解除されたときから,経口摂取を勧めること,水分や固形物を患者の嚥下機能に合わせて徐々に進めていくことが必要となる.
(4)呼吸機能の維持:低酸素状態を避ける
血中酸素飽和度の値が低値であることは多くの研究でせん妄状態との関連を認めている.
低酸素状態は,脳に送る血液量を減少させ,意識障害を引き起こす.呼吸器疾患,高齢,手術後間もない患者などでは呼吸状態の管理が必要であり,酸素吸入が必要な状態では,酸素吸入量の管理をし,常に血中酸素飽和度を正常値に維持する.
(5)ルート類の装着,可動制限,活動制限をできるだけ避ける,
ルート類をできるだけ少なくすること,可動制限を守りつつ,動かせる範囲を動かしていくこと,活動制限を可能な限り早期に広げていくことが必要である.
ケアの要点としては,不必要なカテーテル,モニター類の除去,早期離床の促進,身体拘束の回避が挙げられる.
運動量を維持する上では,可動制限をできるだけ早期に解除できることや,治療環境下でできるだけ活動量を増やしていくことも検討する.とくに,日中の適度な活動量を維持,活動と休息のバランスをとることで,適度な体力の回復を促す.
(6)感覚刺激による見当識情報の維持視覚刺激,聴覚刺激を維持する.ことに視覚からの刺
激はせん妄発症との関連が認められている.
例えば刺激として有用なケアには以下のようなことがある.
①カレンダー,時計をみえる位置に置く.
②日常の会話やケアの中で見当識(日時・場所・人)の話題を盛り込む.
③眼鏡,補聴器などの補助具を普段付けているように装着する.
④不快な照明,騒音を排除する.
⑤テレビ,ラジオなどの情報を流す.
⑥コミュニケーション量の維持のために心地よい会話量を維持する.
⑦コミュニケーションに集中できる環境を整える.
⑧視線,話し方の工夫によって視界に入る位置や目の高さで接触する.
⑨視聴覚障害に応じた方法を取り適切なコミュニケーションをつなげる.書面の活用など.
⑩病室やベッドの位置の変更を最小限にする,馴染みの物を持ち込む.
コメント