事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン
治療と仕事の両立支援を巡る状況
(1)疾病を抱える労働者の状況
・「治療と職業生活の両立等支援対策事業」(平成25年度厚生労働省委託事業)における企業を対象に実施したアンケート調査によれば、疾病を理由として1か月以上連続して休業している従業員がいる企業の割合は、メンタルヘルスが38%、がんが21%、脳血管疾患が12%である。
・また、「平成22年国民生活基礎調査」に基づく推計によれば、仕事を持ちながら、がんで通院している者の数は、32.5万人に上っている。
・さらに、労働安全衛生法に基づく一般健康診断において、脳・心臓疾患につながるリスクのある血圧や血中脂質などにおける有所見率は、年々増加を続けており、平成26年は53%に上るなど、疾病のリスクを抱える労働者は増える傾向にある
・また、これらの疾病の有病率は年齢が上がるほど高くなる状況にあり、高齢化の進行に伴い、今後は職場においても労働力の高齢化が進むことが見込まれる中で、事業場において疾病を抱えた労働者の治療と仕事の両立への対応が必要となる場面はさらに増えることが予想される。
(2)疾病を抱える労働者の就業可能性の向上と課題
・一方、近年の診断技術や治療方法の進歩により、かつては「不治の病」とされていた疾病においても生存率が向上し、「長く付き合う病気」に変化しつつあり、労働者が病気になったからと言って、すぐに離職しなければならないという状況が必ずしも当てはまらなくなってきている。
・しかしながら、疾病や障害を抱える労働者の中には、仕事上の理由で適切な治療を受けることができない場合や、疾病に対する労働者自身の不十分な理解や、職場の理解・支援体制不足により、離職に至ってしまう場合もみられる。
・例えば、糖尿病患者の約8%が通院を中断しており、その理由としては「仕事(学業)のため、忙しいから」が最も多くなっている。
・また、連続1か月以上の療養を必要とする社員が出た場合に「ほとんどが病気休職を申請せず退職する」「一部に病気休職を申請せず退職する者がいる」とした企業は、正社員のメンタルヘルスの不
調の場合は18%、その他の身体疾患の場合は15%であり、過去3年間で病気休職制度を新規に利用した労働者のうち、38%が復職せず退職していた
(3)事業場等における現状と課題
・事業場においては、健康診断に基づく健康管理やメンタルヘルス対策をはじめとして、労働者の健康確保に向けた様々な取組が行われてきたが、近年では、厳しい経営環境の中でも、労働者の健康確保や疾病・障害を抱える労働者の活用に関する取組が、健康経営やワーク・ライフ・バランス、ダイバーシティ推進、といった観点からも推進されている。
・一方で、治療と仕事の両立支援の取組状況は事業場によって様々であり、支援方法や産業保健スタッフ・医療機関との連携について悩む事業場の担当者も少なくない。
・こうしたことから、労働者の治療と仕事の両立支援に取り組む企業に対する支援や医療機関等における両立支援対策の強化も必要な状況にある。
治療と仕事の両立支援を行うに当たっての留意事項
(1)安全と健康の確保
・治療と仕事の両立支援に際しては、就労によって、疾病の増悪、再発や労働災害が生じないよう、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少等の適切な就業上の措置や治療に対する配慮を行うことが就業の前提となる。
・従って、仕事の繁忙等を理由に必要な就業上の措置や配慮を行わないことがあってはならないこと。
(2)労働者本人による取組
・治療と仕事の両立に当たっては、疾病を抱える労働者本人が、主治医の指示等に基づき、治療を受けること、服薬すること、適切な生活習慣を守ること等、治療や疾病の増悪防止について適切に取り組むことが重要であること。
(3)労働者本人の申出
・治療と仕事の両立支援は、私傷病である疾病に関わるものであることから、労働者本人から支援を求める申出がなされたことを端緒に取り組むことが基本となること。
・なお、本人からの申出が円滑に行われるよう、事業場内ルールの作成と周知、労働者や管理職等に対する研修による意識啓発、相談窓口や情報の取扱方法の明確化など、申出が行いやすい環境を整備することも重要であること。
(4)治療と仕事の両立支援の特徴を踏まえた対応
・治療と仕事の両立支援の対象者は、入院や通院、療養のための時間の確保等が必要になるだけでなく、疾病の症状や治療の副作用、障害等によって、労働者自身の業務遂行能力が一時的に低下する場合などがある。
・このため、育児や介護と仕事の両立支援と異なり、時間的制約に対する配慮だけでなく、労働者本人の健康状態や業務遂行能力も踏まえた就業上の措置等が必要となること。
(5)個別事例の特性に応じた配慮
・症状や治療方法などは個人ごとに大きく異なるため、個人ごとに取るべき対応やその時期等は異なるものであり、個別事例の特性に応じた配慮が必要であること。
(6)対象者、対応方法の明確化
・事業場の状況に応じて、事業場内ルールを労使の理解を得て制定するなど、治療と仕事の両立支援の対象者、対応方法等を明確にしておくことが必要であること。
(7)個人情報の保護
・治療と仕事の両立支援を行うためには、症状、治療の状況等の疾病に関する情報が必要となるが、これらの情報は機微な個人情報であることから、労働安全衛生法に基づく健康診断において把握した場合を除いては、事業者が本人の同意なく取得してはならないこと。
・また、健康診断又は本人からの申出により事業者が把握した健康情報については、取り扱う者の範囲や第三者への漏洩の防止も含めた適切な情報管理体制の整備が必要であること。
(8)両立支援にかかわる関係者間の連携の重要性
・治療と仕事の両立支援を行うに当たっては、労働者本人以外にも、以下の関係者が必要に応じて連携することで、労働者本人の症状や業務内容に応じた、より適切な両立支援の実施が可能となること。
①事業場の関係者(事業者、人事労務担当者、上司・同僚等、労働組合、産業医、保健師、看護師等の産業保健スタッフ等)
②医療機関関係者(医師(主治医)、看護師、医療ソーシャルワーカー等)
③地域で事業者や労働者を支援する関係機関・関係者(産業保健総合支援センター、労災病院に併設する治療就労両立支援センター、保健所(保健師)、社会保険労務士等)
・また、労働者と直接連絡が取れない場合は、労働者の家族等と連携して、必要な情報の収集等を行う場合があること。
・特に、治療と仕事の両立支援のためには、医療機関との連携が重要であり、本人を通じた主治医との情報共有や、労働者の同意のもとでの産業医、保健師、看護師等の産業保健スタッフや人事労務担当者と主治医との連携が必要であること。
※
「働き方改革実行計画」(平成29年3月28日働き方改革実現会議決定)による「両立支援コーディネーター」は、労働者の同意のもと、業務や治療に関する情報を得て、労働者の治療や業務の状況に応じた必要な配慮等の情報を整理して本人に提供するなど、上記①~③の関係者の連携を支える。両立支援コーディネーターは、医療機関の医療従事者や企業の人事労務担当者、産業保健スタッフ、支援機関の相談員などが担っている。
両立支援を行うための環境整備(実施前の準備事項)
事業場において、治療と仕事の両立支援を行うための環境整備として取り組むことが望ましい事項は以下のとおりである。
(1)事業者による基本方針等の表明と労働者への周知
・衛生委員会等で調査審議を行った上で、事業者として、治療と仕事の両立支援に取り組むに当たっての基本方針や具体的な対応方法等の事業場内ルールを作成し、全ての労働者に周知することで、両立支援の必要性や意義を共有し、治療と仕事の両立を実現しやすい職場風土を醸成すること。
(2)研修等による両立支援に関する意識啓発
・治療と仕事の両立支援を円滑に実施するため、当事者やその同僚となり得る全ての労働者、管理職に対して、治療と仕事の両立に関する研修等を通じた意識啓発を行うこと。
(3)相談窓口等の明確化
治療と仕事の両立支援は、労働安全衛生法に基づく健康診断において把握した場合を除いては、労働者からの申出を原則とすることから、労働者が安心して相談・申出を行えるよう、相談窓口、申出が行われた場合の当該情報の取扱い等を明確にすること。
(4)両立支援に関する制度・体制等の整備
ア 休暇制度、勤務制度の整備
・治療と仕事の両立支援においては、短時間の治療が定期的に繰り返される場合、就業時間に一定の制限が必要な場合、通勤による負担軽減のために出勤時間をずらす必要がある場合などがあることから、以下のような休暇制度、勤務制度について、各事業場の実情に応じて検討、導入し、治療のための配慮を行うことが望ましいこと。
①休暇制度
【時間単位の年次有給休暇】
労働基準法に基づく年次有給休暇は、1日単位で与えることが原則であるが、労使協定を結べば、1時
間単位で与えることが可能(上限は1年で5日分まで)。
【傷病休暇・病気休暇】
事業者が自主的に設ける法定外の休暇であり、入院治療や通院のために、年次有給休暇とは別に休暇を
付与するもの。取得条件や取得中の処遇(賃金の支払いの有無等)等は事業場ごとに異なる。
②勤務制度
【時差出勤制度】
事業者が自主的に設ける勤務制度であり、始業及び終業の時刻を変更することにより、身体に負担のか
かる通勤時間帯を避けて通勤するといった対応が可能となる。
【短時間勤務制度】 ※育児、介護休業法に基づく短時間勤務制度とは別のもの
事業者が自主的に設ける勤務制度であり、療養中・療養後の負担を軽減すること等を目的として、所定
労働時間を短縮する制度。
【在宅勤務(テレワーク)】
事業者が自主的に設ける勤務制度であり、パソコンなどの情報通信機器を活用した場所にとらわれない
柔軟な働き方。自宅で勤務することにより、通勤による身体への負担を軽減することが可能となる。
【試し出勤制度】
事業者が自主的に設ける勤務制度であり、長期間にわたり休業していた労働者に対し、円滑な復職を支
援するために、勤務時間や勤務日数を短縮した試し出勤等を行うもの。復職や治療を受けながら就労する
ことに不安を感じている労働者や、受入れに不安を感じている職場の関係者にとって、試し出勤制度があ
ることで不安を解消し、円滑な就労に向けて具体的な準備を行うことが可能となる。
イ 労働者から支援を求める申出があった場合の対応手順、関係者の役割の整理
労働者から支援を求める申出があった場合に円滑な対応ができるよう、労働者本人、人事労務担当者、上司・
同僚等、産業医や保健師、看護師等の産業保健スタッフ等の関係者の役割と対応手順をあらかじめ整理してお
くことが望ましいこと。
ウ 関係者間の円滑な情報共有のための仕組みづくり
治療と仕事の両立のためには、労働者本人を中心に、人事労務担当者、上司・同僚等、産業医や保健師、看
護師等の産業保健スタッフ、主治医等が、本人の同意を得た上で支援のために必要な情報を共有し、連携する
ことが重要である。
特に、就業継続の可否、必要な就業上の措置及び治療に対する配慮に関しては、治療の状況や心身の状態、就
業の状況等を踏まえて主治医や産業医等の医師の意見を求め、その意見に基づいて対応を行う必要がある。この
ため、医師に労働者の就業状況等に関する情報を適切に提供するための様式や、就業継続の可否、必要な就業上
の措置及び治療に対する配慮について医師の意見を求めるための様式を定めておくことが望ましいこと。
エ 両立支援に関する制度や体制の実効性の確保
治療と仕事の両立支援のための制度や体制を機能させるためには、日頃から全ての労働者に対して、制度、
相談窓口の周知を行うとともに、管理職に対して、労働者からの申出、相談を受けた際の対応方法や、支援制
度・体制について研修等を行うことが望ましいこと。
オ 労使等の協力
治療と仕事の両立に関して、制度・体制の整備等の環境整備に向けた検討を行う際には、衛生委員会等で調
査審議するなど、労使や産業保健スタッフが連携し、取り組むことが重要であること。
両立支援の進め方
(1)両立支援を必要とする労働者からの情報提供
両立支援を必要とする労働者が、支援に必要な情報を収集して事業者に提出する。
労働者からの情報が不十分な場合、産業医等又は人事労務担当者等が、労働者の同意を得た上で主治医から情報収集することも可能である。
(2)産業医の意見聴取
事業者が、産業医等に対して収集した情報を提供し、就業継続の可否、就業上の措置及び治療に対する配慮に関する産業医等の意見を聴取する。
(3)事業者による就業継続の可否の判断
事業者が、主治医及び産業医等の意見を勘案し、就業継続の可否を判断する。
(4)就業上の措置及び治療に対する配慮の実施
事業者が労働者の就業継続が可能と判断した場合、就業上の措置及び治療に対する配慮の内容・実施時期等を事業者が検討・決定し、実施する。
(5)フォローアップ
事業者が労働者の長期の休業が必要と判断した場合、休業開始前の対応・休業中のフォローアップを事業者が行うとともに、主治医や産業医等の意見、本人の意向、復帰予定の部署の意見等を総合的に勘案し、職場復帰の可否を事業者が判断した上で、職場復帰後の就業上の措置及び治療に対する配慮の内容・実施事項等を事業者が検討・決定し、実施する。
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