臨床倫理とは
「日常診療の場において、医療を受ける患者、患者の関係者、医療者間の立場や考えの違いから生じる様々な問題に気付き、分析して、それぞれの価値観を尊重しながら、関係する者が納得できる最善の解決策を模索していくこと」(白浜雅司先生)
臨床倫理の4分割表(四分割法)
・Jonsenらが1992年,著書『Clinical Ethics』にて示した倫理的な症例検討の考え方。
・事例を「医学的適応(medical indications)」「患者の意向(patient preferences)」「QOL」「周囲の状況(contextual features)」という4つの項目の検討を行う。
・事例を4つに分割することで、例えば「医学的に診断が明らかになっていないことから生じている問題なのか」、「患者の価値観がわからないために方針に困っているのか」、「家族間での意見の相違が問題になっているのか」など、事例検討の枠組みをつくることにおいて有用である。
参照(このサイトより引用):https://www.igaku-shoin.co.jp/paper/archive/y2014/PA03059_02
1)医学的適応 Medical Indication(善行と無危害の原則)
2)患者の意向 Patient Preferences(自律性尊重の原則)
3)QOL(善行と無危害と自立性尊重の原則)
(身体、心理、社会、スピリチャルな側面から)
4)周囲の状況 Contextual Features(忠実義務と公正の原則)
意思決定プロセス:家族をどう位置付けるか?
家族は当事者
意思決定に際して、ケアが応対する第一の当事者は患者本人です。しかし、ことに疾患が重篤であって、さまざまな仕方で家族に影響する場合、家族もまた当事者です。 なぜなら、家族は① 患者の罹患したことの影響を受けて、さまざまな問題を抱えています。したがって、家族はケアの対象でもあるのです(緩和ケアは、患者と家族をまとめてケアの対象としています)。
② 家族は、患者の療養生活を支えるケアの担い手として期待されます。したがって、ケアの担い手として、自分が参加するケアをどのようにしていくかに関わる決定に参与している必要があります。
③ 家族は、多くの場合、患者の人生観・価値観を知っており、その意思を代行する第一候補です。
問題の深刻さに応じて、患者の意思や気持ちと並んで、家族の意思や気持ちも尊重することが求められます。
P1(相手を人間として尊重する)における「相手」とは患者だけを指しているのではなく、家族をも指しています。また、
P2(相手の益になるように)は、患者のことだけ考えれば良いというものではありません。
患者の治療・療養方針の選択は、家族の生活にも影響し、患者にとっての最善は、家族に過大な負担をかけるというような場合もあり得るのです。介護の場面でも以上のことと同様のことが言えるでしょう。
本人のケア方針をどうするかが家族に影響する程度に応じて、家族の当事者性が増減します。
その当事者性の程度に応じて、家族が意思決定プロセスに参加する程度は変動します。
この点を加味して、決定プロセスについて、次のように考えるとよいでしょう。
本人の意思確認ができる時
① 本人を中心に話し合って、合意を目指す。
② 家族の当事者性の程度に応じて、家族にも参加していただく。また、近い将来本人の意思確認ができなくなる事態が予想される場合はとくに、意思確認ができるうちから家族も参加していただき、本人の意思確認ができなくなった時のバトンタッチがスムースにできるようにする。
②については、本人の意思確認ができるうちは、本人の意思だけを聞いていると、本人の意思確認ができなくなった時に、家族はこれまでの経緯を踏まえずに、急に意思決定をしなければならなくなります。そこでこれまでの方針と食い違う方向に進みだすという問題が散見されます。
本人の意思確認ができない時
③ 家族と共に、本人の意思と最善について検討し、家族の事情も考え併せながら、合意を目指す。
④ 本人の意思確認ができなくなっても、本人の対応する力に応じて、本人と話し合い、またその気持ちを大事にする。
④については、本人の意思確認ができなくなる状況は、意識不明になる場合だけではありません。認知症が進んで、本人は責任ある選択ができなくなるということもあります。それでも、好悪の感情はあり、苦痛を伴う侵襲的な介入を嫌がることもあります。それに対しては、本人の残存能力に応じて、人として尊重する姿勢をとって対応します。
規範に基づく検討
STEP
STEP3 具体的対応:4項目全体を見渡して、何を、どうすれば良いか、具体的な対応策を考える。
原則主義に基づいた方法
原則主義とは、どのような場面においても規範的に適応される原則を用いて検討する方法である。
その原則の代表が『 Beauchamp と Childress による医療倫理の基本四原則』である。
医療倫理の基本四原則は「自律尊重原則」「善行原則」「無危害原則」「正義・公正原則」からなる。
自律尊重原則
自律尊重原則は、消極的責務および積極的責務という形で定式化される。
消極的責務は「自律的な人の意思決定は尊重すべきである」というものである。
一方、積極的責務は、患者が治療上の決定を下すために必要な情報を開示、自律的な決定を促進することである。
現在の臨床場面で必須のものとして考えられているインフォームド・コンセントは、自律尊重原則の消極的責務に基づいた倫理的概念である。
しかし、インフォームド・コンセントを取得しているだけでは、医療者として十分に自律尊重原則にしたがって行為していると見做すことができない。なぜなら、医療者には、消極的責務と積極的責務の両方の責務が要請されているからである。
すなわち、医療者には、患者の意思決定などに際して積極的な支援を行う義務があるということである。
緩和領域で提唱されるアドバンス・ケア・プランニングなどは、自律尊重原則の積極的責務に則った行為といえる。
自律尊重原則はその他にも「真実を語ること」「他人のプライバシーを尊重すること」「守秘情報を保護する」などを要求し、医療者による真実告知や個人情報保護や守秘義務といったものに関連している。
善行原則
善行原則は、他人の利益のために行為すべきであるという道徳的責務である。
この原則は、最善の結果をもたらすために、利益と害悪を比較考量することを含んでいる。
善行原則は「害悪や危害を防ぐべきである」「害悪や危害をなくすべきである」「善をもたらしたりそれを促進すべきである」という3つの形をとる。
医療者が、最も医学的に適切で患者にとって利益が多いと思われる治療行為を行うように努めること、予め患者の危険を回避するように努めることは、善行原則に基づいた行為である。
無危害原則
無危害原則は、「危害を引き起こすのを避けるという規範」、あるいは「害悪や危害を及ぼすべきではない」ことであると定義される。
医療者が治療行為を行うに当たって、患者にできるだけ痛みや苦痛を与えないように配慮することや、合併症や副作用を可能な限り避けるように配慮しなければならないのは、この無危害原則に基づいている。
正義原則
正義原則は、「社会的な利益と負担は正義の要求と一致するように配分されなければならない」という責務である。
正義原則は、“形式的な正義”の原則を含んでいる。形式的な正義の原則は「等しいものは等しいように、等しくないものは等しくないように、扱わなければならない」という公平性に関するもので
ある。
医療者は、正義原則に基づいて医療資源を公正に配分することが要求される。
四つの医療倫理の原則を用いて倫理的問題を考察・検討
四つの医療倫理の原則を用いて倫理的問題を考察・検討することによって、規範的視点から問題を考えたことになる。
規範的な検討とは、価値(観)について検討することと言い換えられるが、臨床現場ではどの価値(観)を優先すべきか迷うことが往々にして起こり得る。
このような何を優先すべきか正解がないような場合について、Nダニエルズは「(優先順位を決めるための)原則について意見の一致が見られない場合、公平な手続き(fair process)を用いること
により、何が正当で公平かについて意見の一致をみることができる」と述べている。
この公平な手続きを満たすことが手続き的正義である。つまり、手続き的正義とは、どの価値を優先すべきか不明な場合は公平な手続きを用いて決定すべきということである。
手続き的正義とは、いわば、行為の正しさではなく、プロセスや手続きにおいて何が正しいのか何が正義であるかを問うている。
臨床現場において、手続き的正義の観点から検討するということは、公正なプロセスで物事が進められ決定がなされているかを確認することである。
ダニエルズが提唱した手続き的正義を満たすための要件に基づくならば、臨床現場において倫理的問題を検討する際に手続き的正義を満たすためには以下の5点に注意する必要がある。
1. どのようにケースの検討していくかという手順(例:分析や話し合いの方法)を予め作っておく(手続き正義の基本)
2. 医師・コメディカル・患者家族、多くのステークホルダーの意見を集約する
3. 議論されたことを記録に残す。
4. 扱う事例は事例ごとに異なり、その都度の決定に100点はないということを踏まえ、一度くだした結論をゴールデンルールとしない。
5. 事後に決定を振り返る機会をつくる。
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