有機溶剤
有機溶剤とは
・有機溶剤とは、他の物質を溶かす性質を持つ有機化合物の総称であり、様々な職場で、溶剤として塗装、洗浄、印刷等の作業に幅広く使用されている。
※有機化合物;
炭素原子を含んだ化合物の総称である。炭素原子を基本として、水素などの他の原子が結合した分子構造を取る。
・有機溶剤は常温では液体だが、一般に揮発性が高いため、蒸気となって作業者の呼吸を通じて体内に吸収されやすく、また、油脂に溶ける性質があることから皮膚からも吸収される。
・「有機溶剤含有物」とは、有機溶剤と有機溶剤以外の物との混合物で、有機溶剤の含有率が5%(重量パーセント)を超えるものをいう。
有機溶剤の物質としての特性
・常温では液体であるが、蒸気圧が高いため気化しやすく、作業環境中に蒸気として発散しやすい。
・沸点が低いため、取扱い温度によっては沸騰して気化するおそれがあるため、やはり経気道ばく露のリスクが高くなる。
・密度が高く、蒸気の空気に対する比重が大きいため、地下室や作業場の床付近に滞留しやすい。
・脂溶性が高く、分子が比較的小さいので、経皮吸収されやすく、また体内の脂肪に溶け込んで蓄積しやすい。なお、一部に、水に溶けやすい物も存在している。
・蒸気は無色であるが、特有の臭いがするので漏洩(ろうえい)すると気付きやすいが、臭いに慣れてしまうことがあるので注意が必要である。
・引火点、発火点が低く危険性が高い。
・環境中で分解されにくく環境影響が長く残るものがある。
※ 蒸気圧:
・密閉容器に液体を入れると液体が蒸発し,やがて見かけ上液体の蒸発が止まった状態になる。 この気体と液体が平衡状態(気液平衡)になったときの気体の圧力を「蒸気圧」という。
・蒸気圧が高ければ気化しやすいため、沸点より低い温度で取り扱っていても、蒸気となって経気道からばく露するリスクが高い。
・蒸気圧が高ければ気化しやすい(有機溶剤は蒸気圧が高い)
・沸点が低ければ、取扱い温度によっては沸騰して気化するおそれがある
「ハロゲン化炭化水素」である有機溶剤
・「ハロゲン化炭化水素」とは、ハロゲン(フッ素、塩素、臭素、ヨウ素)化された炭化水素のことであり、ジクロロメタン(CH2Cl2)クロロホルム(CHCl3)トリクロロエチレン(HCCl=CCl2)などがある。
※ハロゲン
周期表の17族に属する、フッ素 F、塩素 Cl、臭素 Br、ヨウ素 I、アスタチン At をハロゲンという。 ハロゲンの原子は最外殻に価電子を7つ持っている。 ハロゲンは1価の陰イオンになりやすい。
・これらは油脂類を溶かすので溶媒や洗浄剤などに用いられており、広義の有機溶剤であるが、難燃性の液体である。
有機溶剤にばく露された際の吸収経路と排泄せつ経路
吸収経路
有機溶剤が作業者に吸収される経路としては、
経気道吸収(吸気中ばく露により呼吸器から吸収されるもの)
経皮吸収(経皮ばく露による皮膚又は粘膜からの吸収される)
経口吸収(ミスト状で液体のまま口内に取り込まれて消化器から吸収されること)
がある
排泄経路
・有機溶剤が体内に取り込まれると、ほとんどは肝臓などで代謝(化学変化)されて尿と共に排出される(尿中排泄)か、胆汁中に排出されて消化管を通して排出(肝排泄)される。
・水溶性の有機溶剤は未変化体のまま尿中から排泄されることがある
・肺に吸気から取り込まれた物質の一部は、体内に取り込まれずそのまま呼気中から排出(呼気中排泄)される。
有機溶剤が体内に吸収された後に、主に分布する臓器あるいは組織
神経組織(脳、脊髄、末梢神経)
肝臓
腎臓
骨髄
有機溶剤の毒性
有機溶剤に共通する毒性
・中枢神経系の麻酔作用(頭痛、めまい等)
・皮膚刺激作用(脱脂作用による湿疹、皮膚の角化・亀裂等)
・粘膜刺激作用(咳、結膜炎等)
経気道ばく露による急性中毒
・経気道ばく露による急性中毒として代表的なものには、めまい、嗜眠、頭痛、脱力感、吐き気、意識喪失等があり、トルエンやキシレンでは幻覚が出ることもある。
・これらをもたらす物性として、経気道まで到達しやすくなるという意味で気化しやすいこと、また、呼吸器系の粘膜からの吸収されやすさに関しては脂溶性が高いことが挙げられる。
規則の対象となる有機溶剤
・有機溶剤中毒予防規則(有機則)の対象となる有機溶剤は54種類
・「有機溶剤等」とは、有機溶剤または有機溶剤含有物(有機溶剤と有機溶剤以外の物との混合物で、有機溶剤の含有率が5%(重量パーセント)を超えるもの)をいいます。
第一種、第二種、第三種有機溶剤
・有機則では、その指定した有機溶剤を更に「第一種」、「第二種」、「第三種」に区分して、その標記の数字が小さいほどに毒性が高い
・第一種と第二種の違いは蒸気圧の違いによる。第一種は蒸気圧が高い(蒸気圧が高いほど、揮発しやすく中毒になりやすい:有害性の強弱ではない)
第一種有機溶剤(2個)
・単一物質で有害性の程度が比較的高く、しかも蒸気圧が高い有機溶剤。
例)
・1,2-ジクロルエチレン
・二硫化炭素
第2種有機溶剤
・第1種有機溶剤以外の単一物質である有機溶剤
例)
・トルエン
・メタノール
第三種有機溶剤
・多くの炭化水素が混合状態となっている石油系溶剤および植物系溶剤であって、沸点が概ね200度以下のもの。
・第3種有機溶剤は、単体の化学物質ではなく、複数の炭化水素の混合物である。
・その性状は、常温で液体であり、脂溶性があることは他の有機溶剤と変わるところはない。
・蒸気圧は他の有機溶剤よりも低く、沸点はほぼ200度以下である。
・有害性は他の有機溶剤よりも比較的低いものが多い。
例)
・ガソリン
・石油ベンジン
・テレピン油
・コールタールナフサ
・石油エーテル
・石油ナフサ
・ミネラルスピリット
特別有機溶剤
・有機溶剤中毒予防規則の有機溶剤のうち、特に発がん性のおそれがある物質を特定化学物質障害予防規則の「特別有機溶剤」として管理している。
「特別有機溶剤」の物質
①エチルベンゼン
②クロロホルム
③四塩化炭素
④1・4―ジオキサン
⑤1・2―ジクロロエタン(別名二塩化エチレン)
⑥1・2―ジクロロプロパン
⑦ジクロロメタン(別名二塩化メチレン)
⑧スチレン
⑨1・1・2・2―テトラクロロエタン(別名四塩化アセチレン)
⑩テトラクロロエチレン(別名パークロルエチレン)
⑪トリクロロエチレン
⑫メチルイソブチルケトン
このうち、①、⑥以外を「クロロホルム等」という。
特別有機溶剤等
「特別有機溶剤等」とは、
(1) 特別有機溶剤
(2) 特別有機溶剤を含有する製剤その他の物で、特別有機溶剤の含有量が重量の1%を超えるもの
(3) 特別有機溶剤又は有機溶剤の含有量(これらの物を2以上含む場合にあっては、それらの含有量の合計)が重量の5%を超えるもの
をいう。
特定有機溶剤混合物
特定有機溶剤混合物は、特別有機溶剤又は有機溶剤の含有量(これらの物を2以上含む場合にあっては、それらの含有量の合計)が重量の5%を超えるものをいいます。
混合有機溶剤
混合有機溶剤とは
・特別有機溶剤同士の混合物、特別有機溶剤と有機溶剤(第3種有機溶剤を除く。以下同じ)との混合物又は有機溶剤同士の混合物であって、特別有機溶剤と有機溶剤の重量濃度の合計が5%を超える物をいう。
混合有機溶剤の評価(計算)の進め方
・混合有機溶剤のように、含まれている複数の化学物質が、同じ標的臓器に対して同じ毒作用を有する場合がある。この場合、全体としての影響は各成分単独での影響の合計に等しいと考えて評価する。
・測定で得られたある成分の評価値をCn、その成分のばく露限度をEnとしたとき、すべての成分についての Cn / En の合計によって、評価を行うこととなる。
特定化学物質
・労働者に職業がん、皮膚炎、神経障害を発症させる恐れのある化学物質のこと。
・現在は59種類の化学物質が特化則により規制
特定化学物質の分類
第1類物質
がん等の慢性障害を引き起こす物質のうち、特に有害性が高く、製造工程で特に厳重な管理(製造許可)を必要とするもの(=労働安全衛生法 製造許可物質)
第2類物質
がん等の慢性障害を引き起こす物質のうち、第1類物質に該当しないもの
・特定第2類物質
・特別有機溶剤等
・オーラミン等
・管理第2類物質
・トルエン→尿中馬尿酸
・溶接ヒューム
・弗化水素
第3類物質
大量漏えいにより急性中毒を引き起こす物質
・ガソリン
・アンモニア
・塩化水素
・フェノール
・硫酸
有機溶剤の発散源対策
作業環境管理と作業管理
作業環境管理
・作業環境管理とは、作業環境中の有害因子の状態を把握して、できるかぎり良好な状態で管理していくことである。
・作業環境中の有機溶剤の状態を作業環境測定などで定期的に把握し、作業環境評価基準に従って評価し、その結果、問題があれば、①有害性が分かっている化学物質への変更、②有害な工程の隔離と遠隔操作の採用、有機溶剤の密閉化、局所排気装置、プッシュプル型換気装置の設置、全体換気等によって作業環境を改善し、PDCAを回していく。
また、必要な表示等を行うことも作業環境管理に位置付けられる。
・有機溶剤作業主任者の職務には、局所排気装置、プッシュプル型換気装置又は全体換気装置を1か月を超えない期間ごとに点検することが含まれている。
作業管理
・作業管理とは、①有機溶剤を扱う作業方法・作業姿勢などの改善による異常ばく露と不要な発散の防止、②有機溶剤に触れる作業時間の短縮化等であり、作業環境改善が進むまでの間、一時的に保護具の着用によるばく露量の減少を図ることも含まれる。
・労働者への労働衛生教育の実施、作業マニュアルの作成、定期的な職場巡視等による徹底と改善を図っていく必要がある。
・事業者は、タンク等の内部において有機溶剤業務に労働者を従事させる場合において、当該場所における有機溶剤業務に要する時間が短時間であり、かつ、送気マスクを備えたときは、有機溶剤の蒸気の発散源を密閉する設備、局所排気装置、プッシュプル型換気装置及び全体換気装置を設けないことができる。
第一種、第二種有機溶剤
・事業者は、屋内作業場等において、第一種有機溶剤等又は第二種有機溶剤等に係る有機溶剤業務に労働者を従事させるときは、当該有機溶剤業務を行う作業場所に、有機溶剤の蒸気の発散源を密閉する設備、局所排気装置又はプッシュプル型換気装置を設けなければならない。
・作業環境管理がなされていれば(密閉する設備、局所排気装置又はプッシュプル型換気装置の設置)、作業管理である防毒マスクや送気マスクの使用は義務ではなくなる
※ 全体換気装置は認められない(R4.Q4)
第三種有機溶剤
(第6条)
・通風が十分であれば局所排気装置等の設置は不要です
第三種有機溶剤で「タンク等の内部」の場合
・第三種有機溶剤を用いて、「タンク等の内部」(タンクの内部、地下室、通風が不十分な屋内作業場など)で吹き付け作業を行う場合は蒸気の発散源を密閉する設備、局所排気装置又はプッシュプル型換気装置を設けなければならない。
・吹き付け以外の作業であれば、蒸気の発散源を密閉する設備、局所排気装置、プッシュプル型換気装置又は全体換気装置(ただし全体換気の場合は防毒マスクの着用が必要)を設けなければならない(←全体換気装置+防毒マスクでも可)
・第三種で「タンク等の内部以外」の作業の場合は有機則の適応外となる。
局所排気装置の制御風速
・囲い式フード:毎秒0.4m以上
・外付けフード
側方と下方吸引型:毎秒0.5m以上
上方吸引型:毎秒1.0m以上
有機溶剤作業主任者
【有機溶剤中毒予防規則】
(有機溶剤作業主任者の職務)
第19条の2
事業者は、有機溶剤作業主任者に次の事項を行わせなければならない。
一 作業に従事する労働者が有機溶剤により汚染され、又はこれを吸入しないように、作業の方法を決定し、労働者を指揮すること。
二 局所排気装置、プッシュプル型換気装置又は全体換気装置を一月を超えない期間ごとに点検すること。
三 保護具の使用状況を監視すること。
四 タンクの内部において有機溶剤業務に労働者が従事するときは、第二十六条各号に定める措置が講じられていることを確認すること。
化学物質の「物性」
・「物性」とは、ある物質の物理的な性質のことである
・労働衛生上問題となるのは、形状、臭い、蒸気圧、沸点、融点、蒸気密度、比重、水溶解度、オクタノール/水分配係数などである。
蒸気圧:
・密閉容器に液体を入れると液体が蒸発し,やがて見かけ上液体の蒸発が止まった状態になる。 この気体と液体が平衡状態(気液平衡)になったときの気体の圧力を「蒸気圧」という。
・蒸気圧が高ければ気化しやすいため、沸点より低い温度で取り扱っていても、蒸気となって経気道からばく露するリスクが高い。
・蒸気圧が高ければ気化しやすい(有機溶剤は蒸気圧が高い)
・沸点が低ければ、取扱い温度によっては沸騰して気化するおそれがある
蒸気密度
・蒸気密度はいずれも空気より重いため、ピットなどに滞留しやすく、ピットなどで作業する場合にばく露のリスクは高まる。
・また、全体換気装置が天井や天井近くに設置されている場合、換気効率が悪くなることが考えられる。
沸点
・沸点が低ければ、取扱い温度によっては沸騰して気化するおそれがある
・比較的沸点が低いため、高温でこれらの物質を用いる場合は、蒸気が作業空間中に放出されるおそれがある。
有機溶剤の蒸気に対して使用する呼吸用保護具
・「タンク等の内部」で呼吸用保護具を着けさせるべき場合は送気マスク
1 対象物質に適合した正しい種類の呼吸用保護具の選択
2 物質の作業空間の濃度に応じた、適切な防護係数を有する呼吸用保護具の選択
3 作業者に対する正しい装着方法の教育の実施
4 吸収缶の適切な交換管理
5 保管、点検、廃棄についての適切な管理の実施
有機溶剤等健康診断
・有機溶剤等健康診断の結果に基づき、有機溶剤等健康診断個人票を作成し、これを5年間保存しなければならない。
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