職場における腰痛予防対策指針
【指針】別紙 作業態様別の対策
I 重量物取扱い作業
重量物を取り扱う作業を行わせる場合には、事業者は、単に重量制限のみを厳守させるのではなく、取扱い回数等の作業密度を考慮し、適切な作業時間、人員配置等に留意しつつ、次の対策を講ずること。なお、重量物とは製品、材料、荷物等のことを指し、人を対象とした抱上げ等の作業は含まない。
1 自動化、省力化
重量物の取扱い作業については、適切な動力装置等により自動化し、それが困難な場合は、台車、補
助機器の使用等により人力の負担を軽減することを原則とすること。例えば、倉庫の荷役作業においては、リフターなどの昇降装置や自動搬送装置等を有する貨物自動車を採用したり、ローラーコンベヤーや台車・二輪台車などの補助機器や道具を用いるなど、省力化を図ること。
2 人力による重量物の取扱い
(1) 人力による重量物取扱い作業が残る場合には、作業速度、取扱い物の重量の調整等により、腰部
に負担がかからないようにすること。
(2) 満 18 歳以上の男子労働者が人力のみにより取り扱う物の重量は、体重のおおむね 40%以下とな
るように努めること。満18歳以上の女子労働者では、さらに男性が取り扱うことのできる重量の60%
位までとすること。
(3) (2)の重量を超える重量物を取り扱わせる場合、適切な姿勢にて身長差の少ない労働者2人以上に
て行わせるように努めること。この場合、各々の労働者に重量が均一にかかるようにすること。
3 荷姿の改善、重量の明示等
(1) 荷物はかさばらないようにし、かつ、適切な材料で包装し、できるだけ確実に把握することので
きる手段を講じて、取扱いを容易にすること。
(2) 取り扱う物の重量は、できるだけ明示すること。
(3) 著しく重心の偏っている荷物は、その旨を明示すること。
(4) 荷物の持上げや運搬等では、手カギ、吸盤等の補助具の活用を図り、持ちやすくすること。
(5) 荷姿が大きい場合や重量がかさむ場合は、小分けにして、小さく、軽量化すること。
4 作業姿勢、動作
労働者に対し、次の事項に留意させること。
重量物を取り扱うときは、急激な身体の移動をなくし、前屈やひねり等の不自然な姿勢はとらず、か
つ、身体の重心の移動を少なくする等できるだけ腰部に負担をかけない姿勢で行うこと。具体的には、次の事項にも留意させること。
(1) 重量物を持ち上げたり、押したりする動作をするときは、できるだけ身体を対象物に近づけ、重
心を低くするような姿勢を取ること。
(2) はい付け又ははいくずし作業においては、できるだけ、はいを肩より上で取り扱わないこと。
(3) 床面等から荷物を持ち上げる場合には、片足を少し前に出し、膝を曲げ、腰を十分に降ろして当
該荷物をかかえ、膝を伸ばすことによって立ち上がるようにすること。
(4) 腰をかがめて行う作業を排除するため、適切な高さの作業台等を利用すること。
(5) 荷物を持ち上げるときは呼吸を整え、腹圧を加えて行うこと。
(6) 荷物を持った場合には、背を伸ばした状態で腰部のひねりが少なくなるようにすること。
(7) 2人以上での作業の場合、可能な範囲で、身長差の大きな労働者同士を組み合わせないようにす
ること。
5 取扱い時間
(1) 取り扱う物の重量、取り扱う頻度、運搬距離、運搬速度など、作業による負荷に応じて、小休止・
休息をとり、また他の軽作業と組み合わせる等により、連続した重量物取扱い時間を軽減すること。
(2) 単位時間内における取扱い量を、労働者に過度の負担とならないよう適切に定めること。
6 その他
(1) 必要に応じて腰部保護ベルトの使用を考えること。腰部保護ベルトについては、一律に使用させ
るのではなく、労働者ごとに効果を確認してから使用の適否を判断すること。
(2) 長時間車両を運転した後に重量物を取り扱う場合は、小休止・休息及びストレッチングを行った
後に作業を行わせること。
(3) 指針本文「4 健康管理」や「5 労働衛生教育等」により、腰部への負担に応じて適切に健康
管理、労働衛生教育等を行うこと。
【解説】I 重量物取扱い作業
重量物取扱い作業では、重量、数量、荷物の特性(大きさ、荷姿、荷物の温度、危険性等)、作業姿勢、作
業速度、作業頻度、補助機器の有無等が腰痛の発生に関する要素となる。
1 自動化、省力化
腰痛予防のための人間工学的対策は、作業姿勢の改善という目的から開発されたものと、重量物取扱い動作の改善という目的から開発されたものがあるが、具体的な対策は両者に共通する場合が多い。このような対策の具体例として、自動車組み立て工程におけるベルトコンベアやサスペンション等の採用、機械組み立て工程におけるバランサーの採用、足踏式油圧リフターの採用等が挙げられる。
トラック等の貨物自動車を運転する労働者は、車両運転だけでなく、荷物の積み卸し作業も行うことが多い。しかも、目的地等に到着した直後に荷物の積み卸し作業を実施するため、姿勢拘束という静的筋緊張から重量物の取扱いという動的筋緊張を強いられることとなる。このように長時間の車両運転の直後に重量物を取扱うことは好ましくない。このことから、事業者は、リフターなどの昇降装置や自動搬送装置などを有する貨物自動車を採用したり、ローラーコンベヤーや台車・二輪台車などの補助器具を用いて、重量物取扱いの自動化・省力化などに努めると共に、取扱い重量の制限や標準化、取り扱う重量物の測定や重量の表示・明示などに行い、労働者の重量物取扱いによる負担の軽減に努めること。
2 人力による重量物の取扱い
最大筋力を発揮できる時間は極めて短時間であって、筋力は時間とともに急激に低下する。このことから、取扱い重量の上限は、把持時間との兼ね合いで決まる。また、把持時間は、筋力の強弱によって左右される。
重量物を反復して持ち上げる場合は、その回数の分だけ、エネルギー消費量が大きくなり、呼吸・循環器系の負担が大きくなっていくので、反復回数に応じて作業時間と小休止・休息時間を調節する必要がある。
なお、一般に女性の持上げ能力は、男性の 60%位である。また、女性労働基準規則では、満 18 歳以上の女性で、断続作業 30kg、継続作業 20kg 以上の重量物を取扱うことが禁止されている。
3 荷姿の改善、重量の明示等
同一重量でも、荷物の形状によって取扱いに難易がある。取り扱う荷物に取っ手等を取り付けたり、包装して持ちやすくしたりすることがあるが、その場合は、重心の位置ができるだけ労働者に近づくようにする。
実際の重量が、外見とは大きく異なり、誤った力の入れ方、荷物の反動等により、腰部に予期せぬ負担が発生し、腰痛を引き起こすことがある。取り扱う荷物の重量を表示することにより、労働者が、あらかじめ当該荷物の重量を知り、持ち上げる等の動作に当たり、適切な構えで行うことが可能となる。
なお、著しく重心の偏っている荷物で、それが外見から判断できないものについては、重心の位置を表示
図 a 図 b
好ましい姿勢 好ましくない姿勢
図 c 図 d
好ましい姿勢 好ましくない姿勢
し、適切な構えで取り扱わせることも必要である。
4 作業姿勢、動作
できるだけ身体を対象物に近づけ、重心を低くする姿勢をとることで、不自然な姿勢を回避しやすくなる。
床面等から荷物を持ち上げる場合は、片足を少し前に出し、膝を曲げてしゃがむように抱え(図a)、この姿勢から膝を伸ばすようにすることによって、腰ではなく脚・膝の力で持ち上げる。両膝を伸ばしたまま上体を下方に曲げる前屈姿勢(図b)を取らないようにする。ただし、膝に障害のある者が軽量の物を取り扱う場合には、この限りでない。
また、荷物を持ち上げたり、運んだりする場合は、荷物をできるだけ体に近づけるようにして(図 c)、荷物と体が離れた姿勢(図 d)にならないようにする。
重量物を持ったまま身体をねん転させるという動作は、腰部への負担が極めて大きくなるため腰痛が発生しやすい。身体のひねりを伴う作業を解消することが理想であるが、それが困難な場合には作業台の高さ、位置、配列等を工夫し、身体のひねりを少なくする。
「はい」とは、「倉庫、上屋又は土屋に積み重ねられた高さ 2 メートル以上の荷」のことを指し、「はい付け」「はいくずし」とは「はい」の積み上げと積み卸しのことをいう。
5 その他
(1) 腰部保護ベルトの腹圧を上げることによる体幹保持の効果については、見解が分かれている。作業で装着
している間は、装着により効果を感じられることもある一方、腰痛がある場合に装着すると外した後に腰痛
が強まるということもある。また、女性労働者が、従来から用いられてきた幅の広い治療用コルセットを使
用すると骨盤底への負担を増し、子宮脱や尿失禁が生じやすくなる場合があるとされている。このことから、
腰部保護ベルトを使用する場合は、労働者全員に一律に使用させるのではなく、労働者に腰部保護ベルトの
効果や限界を理解させるとともに、必要に応じて産業医(又は整形外科医、産婦人科医)に相談することが
適当である。
(2) 長時間の車両の運転から生ずる姿勢拘束による末梢血液循環の阻害や一時的な筋力調整不全が生ずることが
あり、荷物の積み卸し作業に当たっては、運転直後に重量物を取り扱うことは好ましくない。
【指針】Ⅱ 立ち作業
機械・各種製品の組立工程やサービス業等に見られるような立ち作業においては、拘束性の強い静的姿
勢を伴う立位姿勢、前屈姿勢や過伸展姿勢など、腰部に過度の負担のかかる姿勢となる場合がある。
このような立位姿勢をできるだけ少なくするため、事業者は次の対策を講ずること。
1 作業機器及び作業台の配置
作業機器及び作業台の配置は、前屈、過伸展等の不自然な姿勢での作業を避けるため、労働者の上肢
長、下肢長等の体型を考慮したものとする。
2 他作業との組合せ
長時間の連続した立位姿勢保持を避けるため、腰掛け作業等、他の作業を組み合わせる。
3 椅子の配置
(1) 他作業との組合せが困難であるなど、立ち作業が長時間継続する場合には、椅子を配置し、作業の
途中で腰掛けて小休止・休息が取れるようにすること。また、座面の高い椅子等を配置し、立位に加
え、椅座位でも作業ができるようにすること。
(2) 椅子は座面の高さ、背もたれの角度等を調整できる背当て付きの椅子を用いることが望ましい。それができない場合には、適当な腰当て等を使用させること。また、椅子の座面等を考慮して作業台の下方の空間を十分に取り、膝や足先を自由に動かせる空間を取ること。
4 片足置き台の使用
両下肢をあまり使用しない作業では、作業動作や作業位置に応じた適当な高さの片足置き台を使用さ
せること。
5 小休止・休息
立ち作業を行う場合には、おおむね1時間につき、1、2回程度小休止・休息を取らせ、下肢の屈伸
運動やマッサージ等を行わせることが望ましい。
6 その他
(1) 床面が硬い場合は、立っているだけでも腰部への衝撃が大きいので、クッション性のある作業靴やマットを利用して、衝撃を緩和すること。
(2) 寒冷下では筋が緊張しやすくなるため、冬期は足もとの温度に配慮すること。
(3) 指針本文「4 健康管理」や「5 労働衛生教育等」により、腰部への負担に応じて適切に健康管
理、労働衛生教育等を行うこと。
【解説】Ⅱ 立ち作業
1 作業機器及び作業台の配置
作業機器や作業台の配置が適当でない場合は、前屈姿勢(おじぎ姿勢)や過伸展姿勢(反返りに近い姿勢)を強いられることになるが、これらの姿勢は椎間板内圧を著しく高めることが知られている。
作業台が高い場合は、滑りや転倒を配慮し、足台を使用する。作業台が低い場合は、作業台を高くするか、それができない場合には椅子等の腰掛け姿勢がとれるものを使用する。
2 他作業との組合せ
腰椎にかかる力学的負荷は、立位姿勢より椅座位姿勢のほうが大きいため、立位姿勢に椅座位姿勢を組み合わせる場合には、腰痛の既往歴のある労働者に十分配慮する必要がある。
3 椅子の配置
長時間立位姿勢を保つことにより、椎間板にかかる内圧の上昇のほかに、脊柱支持筋及び下肢筋の筋疲労が生じる。座ったまま作業できるような椅子を使用すると、脊柱支持筋及び下肢筋の緊張を緩和し、筋疲労を軽減するのに効果がある。長時間、椅座位姿勢を続けると背部筋の疲労によって前傾姿勢になり、また、腹筋の弛緩、背柱の生理的彎曲の変化や大腿部圧迫の影響も現れる。この影響を避けるため、足の位置を変えたり、背もたれの角度を変えて後傾姿勢を取ったり、適宜立ち上がって膝を伸ばすほか、クッション等の腰当てを椅子と腰部の間に挿入する等、姿勢を整える必要がある。
4 片足置き台の使用
片足置き台に、適宜、交互に左右の足を載せて、姿勢に変化をつけることは、腰部負担の軽減に有効である。片足置き台は適切な材料で、安定性があり、滑り止めのある適当な大きさ、高さ、面積のあるものとする。
5 小休止・休息
小休止・休息を取り、下肢の屈伸運動等を行うことは、下肢の血液循環を改善するために有効である。
【指針】Ⅲ 座り作業
座り姿勢は、立位姿勢に比べて、身体全体への負担は軽いが、腰椎にかかる力学的負荷は大きい。
一般事務、VDT 作業、窓口業務、コンベヤー作業等のように椅子に腰掛ける椅座位作業や直接床に座る座作業において、拘束性の強い静的姿勢で作業を行わせる場合、また腰掛けて身体の可動性が制限された状態にて、物を曲げる、引く、ねじる等の体幹の動作を伴う作業など、腰部に過度の負担のかかる作業を行わせる場合には、事業者は次の対策を講ずること。
また、指針本文「4 健康管理」や「5 労働衛生教育等」により、腰部への負担に応じて、健康管理、労働衛生教育等を行うこと。
1 腰掛け作業
(1) 椅子の改善
座面の高さ、奥行きの寸法、背もたれの寸法と角度及び肘掛けの高さが労働者の体格等に合った椅
子、又はそれらを調節できる椅子を使用させること。椅子座面の体圧分布及び硬さについても配慮す
ること。
(2) 机・作業台の改善
机・作業台の高さや角度、机・作業台と椅子との距離は、調節できるように配慮すること。
(3) 作業姿勢等
労働者に対し、次の事項に留意させること。
イ 椅子に深く腰を掛けて、背もたれで体幹を支え、履物の足裏全体が床に接する姿勢を基本とする
こと。また、必要に応じて、滑りにくい足台を使用すること。
ロ 椅子と大腿下部との間には、手指が押し入る程度のゆとりがあり、大腿部に無理な圧力が加わら
ないようにすること。
ハ 膝や足先を自由に動かせる空間を取ること。
ニ 前傾姿勢を避けること。また、適宜、立ち上がって腰を伸ばす等姿勢を変えること。
(4) 作業域
腰掛け作業における作業域は、労働者が不自然な姿勢を強いられない範囲とすること。肘を起点と
して円弧を描いた範囲内に作業対象物を配置すること。
2 座作業
直接床に座る座作業は、仙腸関節、股関節等に負担がかかるため、できる限り避けるよう配慮するこ
と。やむを得ず座作業を行わせる場合は、労働者に対し、次の事項に留意させること。
(1) 同一姿勢を保持しないようにするとともに、適宜、立ち上がって腰を伸ばすようにすること。
(2) あぐらをかく姿勢を取るときは、適宜、臀部が高い位置となった姿勢が取れるよう、座ぶとん等を折り曲げて臀部をその上に載せて座ること。
【解説】Ⅲ 座り作業
1 腰掛け作業
次のような取り組みのほか、腰痛予防の観点からも、「VDT作業における労働衛生管理のためのガイドライン」(平成 14 年4月5日付け基発第 0405001 号)の基づく措置を講じて心身の疲労を軽減することが望ましい。
(1) 椅子の改善
椅座位において腰の角度を 90°に固定すると骨盤が後方に回転し、腰部の生理的後彎が減少する。重心が前方に移るため、腰背筋の活動性が高まる。また、椅座位は立位に比べて椎間板内圧が高くなる。腰痛と関係のあるこのような状態を緩和するために、椅子の改善が重要である。
腰痛防止の観点から望ましい椅子の条件は、次のとおりである。
① 背もたれは後方に傾斜し、腰パットを備えていること。腰パットの位置は頂点が第3腰椎と第4腰椎(下から順に第5,第4,第3,第2,第1腰椎)の中間にあることが望ましい。
② 座面が大腿部を圧迫しすぎないこと。
③ 椅子は労働者の体格に合わせて調節できること。椅子の調節部位は座面高、背もたれ角度、肘掛けの高さ・位置、座面の角度等である。
④ 椅子は、作業中に労働者の動作に応じて、その位置を移動できるようにキャスター付きの安定したもので、座面や背もたれの材質は、快適で熱交換の良いものが望ましい。
(2) 机・作業台の改善
机・作業台上の機器・用具を適切に配備することで、適切な座姿勢を確保しつつ、人間工学的に適切な作業域、ワークステーションを実現することができる。
(3) 作業姿勢等
長時間、椅座位姿勢を続けると背部筋の疲労によって前傾姿勢になり、また、腹筋の弛緩、背柱の生理的彎曲の変化や大腿部圧迫の影響も現れる。この影響を避けるため、足の位置を変えたり、背もたれの角度を変えて後傾姿勢を取ったり、適宜立ち上がって膝を伸ばすほか、クッション等の腰当てを椅子と腰部の間に挿入する等、姿勢を変える必要がある。
2 座作業
直接床に座る座作業では、強度の前傾姿勢が避けられないため、腰部の筋収縮が強まり、椎間板内圧が著しく高まる。このことから、できるだけ座作業を避けることが必要である。それが困難な場合は、作業時間に余裕をもたせ、小休止・休息を長めに、回数を多く取ることが望ましい。
Ⅳ 福祉・医療分野等における介護・看護作業
Ⅳ 福祉・医療分野等における介護・看護作業
高齢者介護施設・障害児者施設・保育所等の社会福祉施設、医療機関、訪問介護・看護、特別支援
学校での教育等で介護・看護作業等を行う場合には、重量の負荷、姿勢の固定、前屈等の不自然な姿
勢で行う作業等の繰り返しにより、労働者の腰部に過重な負担が持続的に、又は反復して加わること
があり、これが腰痛の大きな要因となっている。
このため、事業者は、次の対策を講じること。
1 腰痛の発生に関与する要因の把握
介護・看護作業等に従事する労働者の腰痛の発生には、「介護・看護等の対象となる人(以下「対
象者」という。)の要因」「労働者の要因」「福祉用具(機器や道具)の状況」「作業姿勢・動作の要
因」「作業環境の要因」「組織体制」「心理・社会的要因」等の様々な要因が関与していることから、
これらを的確に把握する。
2 リスクの評価(見積り)
具体的な介護・看護等の作業を想定して、労働者の腰痛の発生に関与する要因のリスクを見積も
る。リスクの見積りに関しては、個々の要因ごとに「高い」「中程度」「低い」などと評価を行い、
当該介護・看護等の作業のリスクを評価する。
3 リスクの回避・低減措置の検討及び実施
2で評価したリスクの大きさや緊急性などを考慮して、リスク回避・低減措置の優先度等を判断
しつつ、次に掲げるような、腰痛の発生要因に的確に対処できる対策の内容を決定する。
(1) 対象者の残存機能等の活用
対象者が自立歩行、立位保持、座位保持が可能かによって介護・看護の程度が異なることから、
対象者の残存機能と介助への協力度等を踏まえた介護・看護方法を選択すること。
(2) 福祉用具の利用
福祉用具(機器・道具)を積極的に使用すること。
(3) 作業姿勢・動作の見直し
イ 抱上げ
「抱え上げ」などの移乗介助業務における腰部への負担を軽減するための措置:
移乗介助、入浴介助及び排泄介助における対象者の抱上げは、労働者の腰部に著しく負担がかかることから、全介助の必要な対象者には、リフト等を積極的に使用することとし、原則として人力による人の抱上げは行わせないこと。また、対象者が座位保持できる場合にはスライディングボード等の使用、立位保持できる場合にはスタンディングマシーン等の使用を含めて検討し、対象者に適した方法で移乗介助を行わせること。

人力による荷物の取扱い作業の要領については、「I 重量物取扱い作業」によること。
ロ 不自然な姿勢
ベッドの高さ調節、位置や向きの変更、作業空間の確保、スライディングシート等の活用に
より、前屈やひねり等の姿勢を取らせないようにすること。特に、ベッドサイドの介護・看護作
業では、労働者が立位で前屈にならない高さまで電動で上がるベッドを使用し、各自で作業高
を調整させること。
不自然な姿勢を取らざるを得ない場合は、前屈やひねりの程度を小さくし、壁に手をつく、
床やベッドの上に膝を着く等により身体を支えることで腰部にかかる負担を分散させ、また不
自然な姿勢をとる頻度及び時間も減らすこと。
(4) 作業の実施体制
(2)の福祉用具の使用が困難で、対象者を人力で抱え上げざるを得ない場合は、対象者の状態及
び体重等を考慮し、できるだけ適切な姿勢にて身長差の少ない2名以上で作業すること。労働
者の数は、施設の構造、勤務体制、作業内容及び対象者の心身の状況に応じ必要数を確保する
とともに、適正に配置し、負担の大きい業務が特定の労働者に集中しないよう十分配慮するこ
と。
(5) 作業標準の策定
腰痛の発生要因を排除又は低減できるよう、作業標準を策定すること。作業標準は、対象者の
状態、職場で活用できる福祉用具(機器や道具)の状況、作業人数、作業時間、作業環境等を考
慮して、対象者ごとに、かつ、移乗、入浴、排泄、おむつ交換、食事、移動等の介助の種類ごと
に策定すること。作業標準は、定期的及び対象者の状態が変わるたびに見直すこと。
(6) 休憩、作業の組合せ
イ 適宜、休憩時間を設け、その時間にはストレッチングや安楽な姿勢が取れるようにすること。
また、作業時間中にも、小休止・休息が取れるようにすること。
ロ 同一姿勢が連続しないよう、できるだけ他の作業と組み合わせること。
(7) 作業環境の整備
イ 温湿度、照明等の作業環境を整えること。
ロ 通路及び各部屋には車いすやストレッチャー等の移動の障害となるような段差等を設けない
こと。また、それらの移動を妨げないように、機器や設備の配置を考えること。機器等にはキ
ャスター等を取り付けて、適宜、移動できるようにすること。
ハ 部屋や通路は、動作に支障がないように十分な広さを確保すること。また、介助に必要な福
祉用具(機器や道具)は、出し入れしやすく使用しやすい場所に収納すること。
ニ 休憩室は、空調を完備し、適切な温度に保ち、労働者がくつろげるように配慮するとともに、
交替勤務のある施設では仮眠が取れる場所と寝具を整備すること。
ホ 対象者の家庭が職場となる訪問介護・看護では、腰痛予防の観点から作業環境の整備が十分
なされていないことが懸念される。このことから、事業者は各家庭に説明し、腰痛予防の対応
策への理解を得るよう努めること。
(8) 健康管理
長時間労働や夜勤に従事し、腰部に著しく負担を感じている者は、勤務形態の見直しなど、就
労上の措置を検討すること。その他、指針本文4により、適切に健康管理を行うこと。
(9) 労働衛生教育等
特に次のイ~ハに留意しつつ、指針本文5により適切に労働衛生教育等を行うこと。
イ 教育・訓練
労働者には、腰痛の発生に関与する要因とその回避・低減措置について適切な情報を与え、
十分な教育・訓練ができる体制を確立すること。
ロ 協力体制
腰痛を有する労働者及び腰痛による休業から職場復帰する労働者に対して、組織的に 支援で
きる協力体制を整えること。
ハ 指針・マニュアル等
職場ごとに課題や現状を考慮した腰痛予防のための指針やマニュアル等を作成すること。
4 リスクの再評価、対策の見直し及び実施継続
事業者は、定期的な職場巡視、聞き取り調査、健診、衛生委員会等を通じて、職場に新たな負担
や腰痛が発生していないかを確認する体制を整備すること。問題がある場合には、速やかにリスク
を再評価し、リスク要因の回避・低減措置を図るため、作業方法の再検討、作業標準の見直しを行
い、新たな対策の実施又は検討を担当部署や衛生委員会に指示すること。特に問題がなければ、現
行の対策を継続して実施すること。また、腰痛等の発生報告も欠かすことなく行うこと。
【解説】Ⅳ 福祉・医療分野等における介護・看護作業
福祉・医療分野等において労働者が腰痛を生じやすい方法で作業することや腰痛を我慢しながら仕
事を続けることは、労働者と対象者双方の安全確保を妨げ、さらには介護・看護等の質の低下に繋が
る。また、いわゆる「新福祉人材確保指針」(平成 19 年厚生労働省告示第 289 号「社会福祉事業に従
事する者の確保を図るための措置に関する基本的な指針」)においても、「従事者が心身ともに充実し
て仕事が出来るよう、より充実した健康診断を実施することはもとより、腰痛対策などの健康管理対
策の推進を図ること。(経営者、関係団体、国、地方公共団体)」とされており、人材確保の面からも、
各事業場においては、組織的な腰痛予防対策に取り組むことが求められる。
ここでは、リスクアセスメントと労働安全衛生マネジメントシステムの考え方に沿った取り組みに
ついて、「6 リスクアセスメント及び労働安全衛生マネジメントシステム」で解説した基本的事項を
補足していく。
1 腰痛の発生に関与する要因
(1) 介護・看護作業等の特徴は、「人が人を対象として行う」ことにあることから、対象者と労働者
双方の状態を的確に把握することが重要である。対象者側の要因としては、介助の程度(全面介
助、部分介助、見守り)、残存機能、医療的ケア、意思疎通、介助への協力度、認知症の状態、身
長・体重等が挙げられる。また、労働者側の要因としては、腰痛の有無、経験年数、健康状態、
身長・体重、筋力等の個人的要因があり、さらには、家庭での育児・介護の負担も腰痛の発生に
影響を与える。
(2) 福祉用具(機器や補助具)は、適切な機能を兼ね備えたものが必要な数量だけあるかどうか確
認する。
(3) 作業姿勢・動作の要因として、移乗介助、入浴介助、排泄介助、おむつ交換、体位変換、清拭、
食事介助、更衣介助、移動介助等における、抱上げ、不自然な姿勢(前屈、中腰、ひねり、反り
等)および不安定な姿勢、これら姿勢の頻度、同一姿勢での作業時間等がある。こうした腰痛を
生じやすい作業姿勢・動作の有無とその頻度及び連続作業時間が適切かをチェックする。
(4) 作業環境要因として、温湿度、照明、床面、作業高、作業空間、物の配置、休憩室等が適切か
をチェックする。
(5) 作業の実施体制として、適正な作業人数と配置になっているか、労働者間の協力体制があるか、
交代勤務(二交替、三交替、変則勤務等)の回数やシフトが適切か検討する。休憩・仮眠がとれる
か、正しい教育が行われているかについて把握する。
(6) 心理・社会的要因については、腰痛の悪化・遷延に関わるとされ、逆に、腰痛を感じながら仕
事をすることそのものがストレス要因となる。また、仕事への満足感や働きがいが得にくい、職
場の同僚・上司及び対象者やその家族との人間関係、人員不足等から、強い腰痛があっても仕事
を続けざるを得ない状況、腰痛で休業治療中の場合に生じうる職場に迷惑をかけているのではと
いう罪悪感や、思うように回復しない場合の焦り、職場復帰への不安等が、ストレス要因として
挙げられる。こうした職場における心理・社会的要因に対しては、個人レベルでのストレス対処
法だけに依拠することなく、事業場で組織として対策に取り組むことが求められる。
2 リスクの評価(見積り)
具体的な介護・看護等の作業を想定して、例えば、各作業における腰痛発生に関与する要因ごと
に、「高い」「中程度」「低い」などとリスクを見積もる。
なお、腰痛の発生に関与する要因は多岐にわたることから、リスク評価を行う対象となる作業も
多くなる。対策の優先順位付けする一環として、または、リスクアセスメントを試行的に開始する
にあたって、重篤な腰痛の発生した作業や腰痛を多くの労働者が訴える作業等を優先的にリスク評
価の対象とすることが考えられる。
(1) 介護作業者の腰痛予防対策チェックリスト
職場でリスクアセスメントを実施する際に、産業現場では様々なチェックリストが、その目的
に応じて使用されているが、腰痛予防対策でもチェックリストは有用なツールとなる。参考4に
リスクアセスメント手法を踏まえた「介護作業者の腰痛予防対策チェックリスト」を示す。
(2) 介護・看護作業等におけるアクション・チェックリスト
本格的なリスクアセスメントを導入するまでの簡易な方法として、実施すべき改善対策を選
択・提案するアクション・チェックリストの活用も考えられる。アクション・チェックリストは、
「6.リスクアセスメント及び労働安全衛生マネジメントシステム」で解説したように、改善の
ためのアイデアや方法を見つけることを目的とした改善・解決志向形のチェックリストである。
アクション・チェックリストには、対策の必要性や優先度に関するチェックボックスを設ける。
ここでは、具体的なアクション・チェックリストの例を「介護・看護作業等におけるアクション・
チェックリスト(例)」(参考5)に示す。この例では、各対策の「いいえ」「はい」の選択や
「優先」をチェックするにあたって合理的な決定ができるよう、リスクの大きさを推測すること
(リスクの見積り)が重要である。
3 リスクの回避・低減措置の検討及び実施
(1) 対象者の残存機能の活用
対象者が労働者の手や身体、手すり等をつかむだけでも、労働者の負担は軽減されることから、
予め対象者の残存機能等の状態を確認し、対象者の協力を得た介護・看護作業を行う。
(2) 福祉用具の利用
スライディングボードを利用して、ベッドと車いす間の移乗介助を行うには、肘置きが取り外
し又は跳ね上げ可能な車いすが必要である。その他、対象者の状態に合った車いすやリフトが利
用できるよう配慮すること。
なお、各事業場においては、必要な福祉用具の種類や個数を検討し、配備に努めること。
(3) 作業姿勢・動作の見直し
イ 抱上げ
移乗作業や移動時に対象者の残存機能を活かしながら、スライディングボードやスライディングシートを利用して、垂直方向への力を水平方向に展開することにより、対象者を抱え上げずに移乗・移動できる場合がある。また、対象者が立位保持可能であればスタンディングマシーンが利用できる場合がある。
ロ 不自然な姿勢
不自然な姿勢を回避・改善するには、以下のような方法がある。
(イ) 対象者にできるだけ近づいて作業する。
(ロ) ベッドや作業台等の高さを調節する。ベッドの高さは、労働者等がベッドサイドに立って
大腿上部から腰上部付近まで上がることが望ましい。
(ハ) 作業面が低くて調節できない場合は、椅子に腰掛けて作業するか、ベッドや床に膝を着く。
なお、膝を着く場合は、膝パッドの装着や、パッド付きの作業ズボンの着用などにより、膝
を保護することが望ましい。
(ニ) 対象者に労働者が正面を向けて作業できるように体の向きを変える。
(ホ) 十分な介助スペースを確保し、手すりや持ち手つきベルト等の補助具を活用することによ
り、姿勢の安定を図る。
(4) 作業の実施体制
労働者の数は適正に配置する必要があるが、やむを得ない理由で、一時的に繁忙な事態が生じ
た場合は、労働者の配置を随時変更する等の体制を整え、負担の大きい業務が特定の労働者に集
中しないよう十分配慮すること。
介護・看護作業では福祉用具の利用を積極的に検討するが、対象者の状態により福祉用具が使
用できず、どうしても人力で抱え上げざるを得ない時は、できるだけ複数人で抱えるようにする
こと。ただし、複数人での抱上げは重量の軽減はできても、前屈や中腰等の不自然な姿勢等によ
る腰痛の発生リスクは残るため、抱え上げる対象者にできるだけ近づく、腰を落とす等、腰部負
担を少しでも軽減する姿勢で行うこと。また、お互いの身長差が大きいと腰部にかかる負荷が不
均等になるため、注意すること。
(5) 作業標準の策定
作業標準は、作業ごとに作成し、対象者の状態別に、作業手順、利用する福祉用具、人数、役
割分担などを明記する。介護施設等で作成される「サービス計画書(ケアプラン)」の中に作業標
準を入れるのも良い。
訪問介護の場合には、対象者の自宅に赴いて介護作業を行うため、対象者の家の特徴(布団又
はベッド、寝室の広さ等)や同居家族の有無や協力の程度などの情報をあらかじめ十分把握し、
これらを作業標準に生かして、介護作業を進める。介護作業における作業標準の作成例を参考 6
に示す。
(6) 休憩、作業の組合せ
介護・看護作業では、全員が一斉に休憩をとることが難しいため、交代で休憩できるよう配慮
すること。また、その時間を利用して、適宜、ストレッチングを行うこと。
訪問介護・看護において、一人の労働者が一日に複数の家庭を訪問する場合は、訪問業務の合
間に休憩・休息が少しでもとれるよう、事業場が派遣のコーディネートにおいて配慮すること。
(7) 作業環境の整備
イ 不十分な暖房設備下での作業や、入浴介助や風呂掃除により体幹・下肢が濡れた場合の冷え等
は、腰痛の発生リスクを高める。温湿度環境は、作業に適した温湿度に調節することが望まし
いが、施設で対象者が快適に過ごす温度が必ずしも労働者に適しているとは限らない。また、
訪問介護・看護では労働者が作業しやすい温湿度に調整できるとは限らないため、衣服、靴下、
上履き等により防寒対策をとることが必要となるので、衣類等による調整が必要となる。
介護・看護作業等の場所、通路、階段、機器類の形状が明瞭に分かることは、つまずき・転倒
により労働者の腰部に瞬間的に過度な負担がかかって生じる腰痛を防ぎ、安全対策としても重要
である。
ロ 車いすやストレッチャーが通る通路に段差があると、抱上げが生じたり、段差を乗り越えると
きの強い衝撃がかかったりするため、段差はできるだけ解消するか、もしくは段差を乗り越え
ずに移動できるようレイアウトを考える。
ハ 狭い場所での作業は、腰痛発生のリスクを高める。物品や設備のレイアウト変更により、作業
空間を確保できる場合がある。トイレのような狭い作業空間は、排泄介助が行いやすいように
改築するか、または手すりを取り付けて、対象者及び労働者の双方が身体を支えることができ
るように工夫すること。
ニ 労働者が、適宜、疲労からの回復を図れるよう、快適な休憩室や仮眠室を設けること。
ホ 訪問介護・看護は対象者の家庭が職場となるため、労働者によって適切な作業環境を整えるこ
とが困難な場合が想定される。寒い部屋で対象者を介護・介護せざるを得ない、対象者のベッ
ド周りが雑然としており、安全な介護・看護ができない、あるいは、対象者やその家族の喫煙
によって労働者が副流煙にばく露する等、腰痛の発生に関与する要因が存在する場合には、事
業者は各家庭に説明し、対応策への理解を得るよう努力する。
(8) 健康管理
指針本文「4 健康管理」により、適切に健康管理を行う。
(9) 労働衛生教育等
イ 教育・訓練
腰痛発生の予防対策のための教育・訓練は、腰部への負担の少ない介護・看護技術に加え、
リフト等の福祉用具の使用方法やストレッチングの方法も内容とし、定期的に実施すること。
ロ 協力体制
腰痛を有する労働者及び腰痛による休業から職場復帰する労働者に対して、組織的に支援で
きるようにすること。また、労働者同士がお互いに支援できるよう、上司や同僚から助言・手
助け等を受けられるような職場作りにも配慮すること。
ハ 指針・マニュアル等
腰痛予防のための指針やマニュアル、リスクアセスメントのためのチェックリストは、職場
の課題や現状を考慮し、過去の安全衛生活動や経験等をいかして、職場に合ったものを作成す
ること。腰痛予防対策を実施するための方針がいったん定まったら、衛生委員会等の組織的な
取組みの下に、労働安全衛生マネジメントシステムの考え方に沿った実践を粘り強く行うこと
が重要である。
4 リスクの再評価、対策の見直し及び実施継続
リスク回避・低減措置の実施後、新たな腰痛発生リスクが生じた場合や腰痛が実際に発生した場合
は、担当部署や衛生委員会に報告し、腰痛発生の原因の分析と再発防止対策の検討を行うこと。腰痛
等の発生報告は、腰痛者の拡大を防ぐことにつながる。
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