疾患
・麻疹ウイルス(Paramyxovirus科Morbillivirus属)によって引き起こされる感染症
・空気感染(飛沫核感染)、飛沫感染、接触感染と様々な感染経路を示し、その感染力は極めて強い。
・潜伏期間:10~12日間の潜伏期を経て発症
・カタル期(2~4日間)、発疹期(3~5日間)、回復期へと至る。
・唯一の有効な予防法はワクチン接種であり、2回のワクチン接種により、麻疹の発症のリスクを最小限に抑えることが期待できる。
症状
1)前駆期(カタル期)
・感染後に潜伏期10~12日を経て発症する。
・38 ℃前後の発熱が2~4日間続き、倦怠感があり、小児では不機嫌となり、上気道炎症状(咳嗽、鼻漏、咽頭痛)と結膜炎症状(結膜充血、眼脂、羞明)が現れ、次第に増強する。
・乳幼児では8~30%に消化器症状として下痢、腹痛を伴う。
・発疹出現の1~2 日前頃に頬粘膜の臼歯対面に、やや隆起し紅暈に囲まれた約1mm 径の白色小斑点(コプリック斑)が出現する。
・口腔粘膜は発赤し、口蓋部には粘膜疹がみられ、しばしば溢血斑を伴うこともある。
2)発疹期
・カタル期での発熱が1℃程度下降した後、半日くらいのうちに再び高熱(多くは39.5 ℃以上)が出る(2峰性発熱)
・特有の発疹が耳後部、頚部、前額部より出現し、翌日には顔面、体幹部、上腕におよび、2日後には四肢末端にまでおよぶ。
・発疹が全身に広がるまで、発熱(39.5℃以上)が3~4日間続く。
・発疹ははじめ鮮紅色扁平であるが、まもなく皮膚面より隆起し、融合して不整形斑状(斑丘疹)となる。指圧によって退色し、一部には健常皮膚面を残す。
・発疹は次いで暗赤色となり、出現順序に従って退色する。
・発疹期にはカタル症状は一層強くなり、特有の麻疹様顔貌を呈する。
3)回復期
・発疹出現後3~4日間続いた発熱も回復期に入ると解熱し、全身状態、活力が改善してくる。
・発疹は退色し、色素沈着がしばらく残り、僅かの糠様落屑がある。カタル症状も次第に軽快する。
・患者の気道からのウイルス分離は、前駆期(カタル期)の発熱時に始まり、第5~6発疹日以後(発疹の色素沈着以後)は検出されない。この間に感染力をもつことになるが、カタル期が最も強い。
合併症
1) 肺炎
・麻疹の二大死因は肺炎と脳炎であり、注意を要する。
・肺炎の合併は6%に認められ、乳児では死亡例の60%は肺炎に起因するものである。
ウイルス性肺炎
・病初期に認められ、胸部X 線上、両肺野の過膨張、瀰漫性の浸潤影が認められる。また、片側性の大葉性肺炎の像を呈する場合もある。
細菌性肺炎
・発疹期を過ぎても解熱しない場合に考慮すべきである。
・原因菌に応じて適切な抗菌薬により治療する。原因菌としては、一般的な呼吸器感染症起炎菌である肺炎球菌、インフルエンザ菌、化膿レンサ球菌、黄色ブドウ球菌などが多い。
巨細胞性肺炎
・成人の一部、あるいは特に細胞性免疫不全状態時にみられる肺炎である。
・肺で 麻疹ウイルスが持続感染した結果生じるもので、予後不良であり、死亡例も多い。
・発疹は出現しないことが多い。
・本症では麻疹抗体は産生されず、長期間にわたってウイルスが排泄される。
・発症は急性または亜急性である。
・胸部レントゲン像では、肺門部から末梢へ広がる線状陰影がみられる。
2) 中枢神経系合併症
・1,000例に0.5~1例の割合で脳炎を合併し、思春期以降の麻疹による死因としては肺炎よりも多い。
・発疹出現後2~6日頃に発症することが多く、髄液所見としては、単核球優位 の中等度細胞増多を認め、蛋白レベルの中等度上昇、糖レベルは正常かやや増加する
・麻疹の重症度と脳炎発症には相関はない。
・患者の約60%は完全に回復するが、25%に中枢神経系の後遺症(精神発達遅滞、痙攣、行動異常、神経聾、片麻痺、対麻痺)を残し、致命率は約15%である。
3) 中耳炎
・麻疹患者の約7%にみられる最も多い合併症の一つである。
・細菌の二次感染により生じる。
・乳幼児では症状を訴えないため、中耳からの膿性耳漏で発見されることがあり注意が必要である。
・乳様突起炎を合併することがある。
4) クループ症候群
・喉頭炎および喉頭気管支炎は合併症として多い。
・麻疹ウイルスによる炎症と細菌の二次感染による。
・吸気性呼吸困難が強い場合には、気管内挿管による呼吸管理を要する。
5) 心筋炎
・心筋炎、心外膜炎をときに合併することがある。
・麻疹の経過中半数以上に、一過性の非特異的な心電図異常が見られるとされるが、重大な結果になることは稀である。
6) 亜急性硬化性全脳炎(subacute sclerosing panencephalitis :SSPE)
・麻疹罹患後の重篤な合併症の一つ。
・麻疹ウイルスの中枢神経への持続感染が原因であり、長い潜伏期間の後に進行性の中枢神経症状を発症し、最終的な予後は非常に悪い。
・SSPE発症のリスクとして知られているのは、2歳未満での麻疹罹患である。
・潜伏期間は4~8年とされており、6~10歳頃に発症することが多いとされるが、それ以外の年齢で発症する場合もある。
・知能障害、運動障害が徐々に進行し、ミオクローヌスなどの錐体・錐体外路症状を示すが、特に成人発症例では、非典型的な経過をとることが多く、若年発症の進行性の認知機能障害などが認められた場合ではSSPEも鑑別する必要がある
・SSPEは男性の方が女性よりも2~3倍多いことが知られている。
・ワクチン株によるSSPEの発症は、疫学的にもウイルス学的にも認められていない。
修飾麻疹
・以前にワクチン接種歴がある人、母体から麻疹抗体を受けた1歳未満の乳児、麻疹抗体がなく麻疹患者に曝露後免疫グロブリン投与を受けた人などが、麻疹に対しての抗体価の上昇が不十分な状態で麻疹ウイルスに感染することから起こる。
・潜伏期間は長くなり、14~21日になることがある。
・結膜炎などのカタル症状やコプリック斑を認めず、発疹は典型的な「顔面から全身に広がる」形式とは異なり、「顔面から首のみ」などと非典型的で、時に認めないこともある。
・罹患期間は短く、発疹や発熱も数日で消失する。
・感染力は通常より弱い
・修飾麻疹は、症状のみから診断することは困難であり、検査診断が必要である
・修飾麻疹ではIgMが低値か陰性で、IgG抗体が異常高値を示すことが多く、初めから高値のためペア血清で4倍にならない可能性が高い
・確定診断はウイルスPCR
・ワクチン接種歴や渡航歴はもちろんのこと、麻疹患者との接触歴や職場や学校での患者発生の有無の確認がより重要となる。
検査
ウイルス遺伝子の検出、ウイルス分離、麻疹特異的IgM抗体価の上昇、急性期と回復期のペア血清での麻疹IgG抗体の陽転、あるいは有意な上昇をもって診断可能である。近年、修飾麻疹の増加等により診断が困難な患者の割合が増加していることから病原体検出検査(ウイルス遺伝子の検出等)と免疫学的検査(IgM抗体、IgG抗体検査等)の併用が望まれる。2013年改訂の指針では、原則として全例に対してIgM抗体測定とPCR法によるウイルス遺伝子検出の実施を求めている。また、ウイルス遺伝子型情報、遺伝子配列情報は、流行ウイルス株の解析や疫学的リンクの確認、公衆衛生学的に排除状態の維持の確認等に求められており、その意味からもPCR法によるウイルス遺伝子検出、解析は重要である。ウイルス分離は可能な限り実施する。なお、診断に資する検査結果を得るためには、それぞれの検査に適した検体を、適切な時期に採取する事が重要である。
治療・予防
・発症すると特異的な治療法はなく対症療法が中心となるが、中耳炎、肺炎など細菌性の合併症を起こした場合には抗菌薬の投与が必要となる。
・麻疹は空気感染するため、手洗いやマスクでは予防ができない。そのため、ワクチンによる予防が最も重要である。
・ワクチン接種後2週間後から麻疹特異的な血中抗体が出現するが、麻疹患者と接触後、緊急(72時間以内)に麻疹含有ワクチンの接種を受けることで、発症を予防できる可能性がある。
・母体由来の麻疹特異的IgG抗体があると、接種した麻疹ワクチンウイルスの増殖が十分でないため、母体由来の抗体がほぼ消失したと考えられる生後1歳以降の児に接種を行う国が多い。
・我が国における現行の予防接種法では、「1歳児(第1期)」と「小学校入学前一年間の幼児(第2期)」を対象として麻疹風疹混合ワクチン(MRワクチン)による2回接種法が定期接種に導入されているが、MRワクチン接種は、疾患に罹患した場合の重症度、感染力の強さから考え、第1期の接種年齢に達した後なるべく速やかに、少なくとも生後12~15カ月に接種することが望ましい。
・1歳前に接種を受けた場合は、1歳以降に更に2回接種(この場合は定期接種として実施)をする必要がある。その理由は、乳児期後期まで母親からの移行抗体が持続している場合があり、その場合はワクチンウイルスが母親の免疫で中和されてしまうため、十分な抗体が産生されない可能性があるためである。
・輸血あるいは人免疫グロブリン製剤を投与された後は、母親からの移行抗体を保有する6カ月未満の乳児と同様の理由で効果が得られないため、通常、3カ月間は接種を行わない。
・川崎病などの治療で大量療法(200mg/kg以上)を受けた場合には、6カ月間あける必要がある。
・初回接種後の反応としては発熱が約20~30%、発疹は約10%に認められる。いずれも軽症であり、ほとんどは自然に消失する。
・熱性けいれん既往者に対しては、発熱性疾患罹患時と同様の方法で発熱時の対応について接種前に説明をしておく必要がある。
・女性については、接種後2か月間は妊娠を避ける必要がある。
参考:生ワクチンの覚え方
感染症法における取扱い
・「麻しん」は全数報告対象疾患(五類感染症)である。
・原則として、医師は臨床診断後直ちに最寄りの保健所への届出と同時に、医療機関における血清IgM 抗体検査等の血清抗体価の測定の実施および地方衛生研究所におけるウイルス遺伝子検査等の検体の提出を求められている。
学校保健安全法における取り扱い
・麻しんは第2種の学校感染症に定められており、解熱した後3日を経過するまで出席停止とされている。
・また、以下の場合も出席停止期間となる。
1)患者のある家に居住する者又はかかっている疑いがある者、かかるおそれがある者については、予防処置の施行その他の事情により学校医その他の医師において感染のおそれがないと認めるまで。
2)発生した地域から通学する者については、その発生状況により必要と認めたとき、学校医の意見を聞いて適当と認める期間
3)流行地を旅行した者については、その状況により必要と認めたとき、学校医の意見を聞いて適当と認める期間
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